12 「建築について」
私は好きな建築家を聞かれた時いつも、ル・コルビュジエとピーター・ズントーと答えます。
もちろん建築業界を熟知しているわけではないのですが、この二人だけは私の頭から離れることはありません。
今回は彼らそれぞれの魅力と私の思いを書きたいと思います。
「住宅は、住むための機械である。」という言葉を残したコルビュジエ。
彼はフランク・ロイド・ライトやミース・ファン・デル・ローエらと共に代表される現代建築の巨匠である。
しかし私は他の巨匠達よりもコルビュジエが好きです。
「住宅は、住むための機械である。」という、一見非人間的な冷たい感じを与えるこの言葉に惹かれた部分もあるのかもしれません。
彼のサヴォア邸、ロンシャンの教会、マルセイユのユニテ(集合住宅)などの建築作品を見ても冷たい感じというのは全く受けません。
むしろ、様々な色彩と形態。そして住むということの日常性を感じます。
それなのにあえてこの言葉を選んでいるところが面白いなと思いました。
実際彼は、サーキュレーション(循環)という言葉を多用し、交通を血流に例え、都市を生きた「有機体」と考えていました。
そして「太陽、空間、緑」というキーワードをしばしば使い、建築の目的を、陽光と静けさと新鮮な空気をもたらし、最終的に住む人々に「生きる喜び」を与えることと考えていたと言います。
人が住み、集うエコロジカルな社会を理想としていたようです。
「住宅とは…。」などのように自分で何かを定義付ける場合、簡潔な言葉を用います。
しかし、そこであそこまで削ぎ落として表現するには自己のスタイルの確立と強い信念がなくてはできません。
万人に理解されるような言葉もあった中で、あえて偏った表現をする頑固さも彼の魅力だと思います。
幸運なことに日本にもコルビュジエの建築が1つあります。
それは東京、上野の西洋美術館です。私も一度ロダンの彫刻を見に訪れたことがありますが、素晴らしい美術館でした。
しかし、普通の住宅建築が無いのが残念で仕方ありません。
どうしても住みたければ、スイスかフランスかというところでしょうか。
ちなみに、ベルギーのデザイナー、アンドゥムルメステールはベルギーにてコルビュジエ建築に住んでいるということです。
初めはコルビュジエのものとは知らず決めたらしいのですが。
いい感性というのは引き合うのでしょうか。悔しい…。

スイスの美しい田舎の村で自らの信念を曲げず、スローアーキテクチャーを体現しているピーター・ズントー。
既存の建築、進行中の建築のどれを見ても、資本主義的なビジネスにのった建築はありません。
ブランディングやマーケティングには全く興味が無いと言い切る。
私の好きな要素が全て入っているという建築家です。そして実際の建築もクラフト的に美しく、構造的にも優れた建築です。
その代表がスイスのアルプスの山深いヴァルスという村にある、温泉施設です。
その土地で採れる石を薄切りにして積み重ね、それ自体を枠型にして鉄筋コンクリートを打った構造で、石自体が構造をなしている建築なのです。
私がどうしても行きたい場所の1つです。
彼は建築を創造する際に最も重要なこととして、「場所」と「用途」を挙げます。そして建築とは人の営みのために作られるべきで、「象徴」になることや「声明」を出すことを目的に作られるべきではない、としています。
そしていつも「クオリティーの高いよい建築を作りたい」と言っています。
アトリエの庭で野菜を栽培し、それを料理して所員たちと楽しくランチをとる。
多忙でありながらも生活というものを大切にしています。
人の営みのための建築を手掛けているズントー。
しかしながらその前に、彼のすごく自然な営みが素敵でなりません。
当人のリズムというのが建築にも伝わるものなのですね。景色に馴染み人に馴染む。
私は彼が仕事を続けている間に手紙を書こうかなと思っています。
私が誰かに依頼して家を建てるということになった場合、どうしても彼に設計して欲しいのです。
美しい家で美しい生活をしたいのです。
夢で終わらぬように、まずは仕事を頑張ろうかなと思っています。
(05.10.14)
曽田雄志の文化向上委員会
曽田雄志(Yushi SODA)
1978年 札幌生まれ
コンサドーレ札幌
筑波大学を経てコンサドーレ札幌に入団。札幌南高校出身という異色の経歴を持ち、アート、ファッションに造詣が深い彼を通してコンサドーレファンになった道産子が多数。ヘディングの技術は日本屈指との高い評価を受けるマエストロ的存在。
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