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栄光の日々と苦難の日々。これらに違いがあるだろうか。
私には無い。
確かに前者は知名し、豊かになる。何より光を浴びる快感を覚える。
しかしそれは次の苦難への合図だ。しかも以前より大きな苦難への。
やるべきことは同じである。
そういつも。
私にとっては慣れ親しんだ読書の時間のようなものだ。
どんな本を読んでいようが、読書に違いはない。
読み終えた後に何かを得ているのだから。快楽にも苦痛にもいずれ慣れる。
だから同じなのだ。光の中なのか、闇に包まれているのかは大した問題ではない。
ただ黙々と自己と向き合うのだ。
正真正銘他者には分かり得ない自己の世界を感じるために。
そうすればやっとみずみずしい果実を口にできるだろう。甘美過ぎることのない果実を。
他者と比較するのという社会の本能を捨てることができた時、心底に人間らしい種を蒔けるのだと思う。
そのささやかな喜びのため、私は周囲を見渡し、やるべきことをやり、自分をつくり続ける。
それが神仏に優る真理だと信じて。
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